ジャズギターレッスン記:No.7

“Mac”

※過去のブログ「bogey#1's life full of music」からの転載、2011年5月の記事です。

土曜は朝が空が白んで鳥の声を聴くまで、日曜は日中用を済まし、夕方から弾き始め、気がついたら朝までアンプ点けっぱなしで寝ていた。とにかく何度弾いても納得がいかない。2小節フレーズを16個、各2つのポジションで、計32個、どこかうまく弾ければどこか間違う、の連続。

完璧を目指す必要はないんだけど、どうにも納得いかない。僕は雑念が多いとつくづく感じた。普段から複数の事を並行してやりながら頭では別の事を考え、というのが当たり前になってしまって、唯一の取り柄だった集中力はどこへ行ってしまった?家でギター弾いてるときすら、余計なことがやたらと頭をよぎってしまう。

そんな反省点もありながら、5回目、II-V-Iの課題を提出。これだけ弾いてもまだミスだらけだし、フレーズの頭が遅れたり、ボロボロだけども、とにかく前に進む。

読譜について

前回書いた読譜への挑戦がが少し効果を発揮しはじめた。短いフレーズをたくさん弾くのに、耳コピー&丸覚えでは限界だと感じて、とりあえず覚えたフレーズを弾くときに「見ながら弾く」ところからやってみた。今は各フレーズの頭の音だけ読んで、その後ろの音はだいたいの形で既に覚えてある「あのフレーズ」だと分かるレベル。それだけでもフレーズを次々に思い出して弾くためのガイドになる。「読める」というには程遠いが、譜面を道具として活用できるようになったことは大きな収穫。

「重複」の意義

5回分のレッスンをこなしてきた今、感じているのは「重複」の意義。この重複が非常に上手い具合に仕組まれていて、同じことを色んなアプローチや組合わせでやることで、回数を重ねるごとにわからずに弾いていたことの意味が突然見えてくる。市販のビデオや本の教則は限られた時間や紙面に納めるために「重複」は極力廃除して編集されているはずで、それが市販の教材の限界。通信とは言え継続的に人について習うことのメリットは大きい。

GWに立て直すと言いながら結局3ヶ月ブランクでの提出になってしまいましたが、ともかく前進あるのみ。

去年このレッスンを始められた事、4月からの仕事のこと、そしてThe Double Bogey の節目の年。長い間かけてたぐり寄せて来た大事なことがたまたま一度にかたまって押し寄せて来た感じで、嬉しい悲鳴というか、本当に乗り切れるんだろうか?ともかく今年は忘れられない一年になりそうだ。

というわけで、次につづく